イネにおける生物的硝化抑制能

要約

イネ遺伝資源36品種等の中でもブラジル原産の陸稲品種IAC25は高い生物的硝化抑制活性をもつ。IAC25は硝化抑制活性の弱い日本晴よりも土壌中で硝酸態窒素の蓄積を抑制する。

背景・ねらい

土壌中の微生物の働きによるアンモニアの硝化(アンモニアが亜硝酸を経て、硝酸へと酸化される反応)は土壌中での窒素循環に重要な役割を果たす一方、農業生産に用いられる窒素肥料の大幅な損失や土壌環境汚染、亜酸化窒素による地球温暖化を引き起こす原因ともなっている。さらに、近年の肥料価格の高騰により、開発途上地域では少量の窒素肥料をより効率的に利用する技術の開発が求められている。ある種の植物が根から硝化を抑制する物質を分泌することを生物的硝化抑制作用(Biological Nitrification Inhibition, BNI)と呼んでおり、熱帯イネ科牧草Brachiaria humidicolaではほ場において高い効果を持つことが明らかにされている。この作用を有用作物に付与する事ができれば、肥料の損失を抑制し、環境への負荷の少ない農業システムを構築する事が可能である。本研究は同じイネ科植物であるイネ(Oryza sativa)遺伝資源における生物的硝化抑制能を評価することを目的とする。

成果の内容・特徴

  1. イネ遺伝資源36品種等(栽培品種、育成系統、野生種を含む)における生物的硝化抑制能を評価した。水耕栽培した根分泌液のメタノール抽出物を、冷光を発する遺伝子組み換えアンモニア酸化細菌に添加し、冷光が阻害される割合を指標にして判定した。このアッセイ法ではアンモニア酸化細菌の活動を完全に阻害する場合を100%と定義している。遺伝資源には大きな変異があり、ブラジル原産の陸稲品種IAC25が常に高いBNI活性を示したが、日本晴やIR64などは低い活性しか示さなかった(図1)。
  2. BNI物質の分泌が膜からのリークではなく能動的な根からの放出であることを検討するために、低分子有機酸等の放出を調べたところ、リンゴ酸やクエン酸、電解質の放出量は正常値の範囲であり、BNI活性の分泌と有意な相関は認められなかった。
  3. 土壌中における根分泌液の効果を検証するために、水耕栽培したIAC25と日本晴から根分泌液を採取して50倍に濃縮した。そして1.5mMアンモニア溶液とともに土壌に添加してインキュベーション(スラリー法)したところ、24時間後においてIAC25では日本晴や対照区よりも硝酸態窒素濃度は低かった(図2)。
  4. 50日間イネをポットで栽培した根圏土壌にアンモニア態窒素を添加してインキュベーションした結果、IAC25では日本晴よりも7日目で有意に硝酸の蓄積が少なく、14日目ではその差はさらに大きくなった(図3)。
  5. 以上の結果はイネの根分泌液が土壌中の硝化を抑制する事を初めて示したものである。

成果の活用面・留意点

  1. 稲における生物的硝化抑制作用の基礎的知見として育種へ応用することが可能である。

具体的データ

  1.  

    図1
    図1
    イネ遺伝資源における生物的硝化抑制活性。データは3回行った試験の平均値を示す。1試験区は4反復で行っている。
  2.  

    図2
    図2
    スラリー法におけるイネ根分泌液を添加した土壌での硝酸態窒素濃度の変化。対照区は根分泌液の代わりに蒸留水を用いている。土壌はイタリアのラツィオ土壌を用いている。
  3.  

    図3
    図3
    イネ2系統を栽培した根圏土壌をインキュベーションした際の無機態窒素における硝酸態窒素の割合。硝酸態窒素の実験前の値は20%である。土壌は褐色低地土を用いている。
Affiliation

国際農研 生産環境領域

分類

研究B

予算区分
運営費交付金[硝化抑制]
研究課題

生物的硝化抑制作用の解明とその利用

研究期間

2006~2010年度

研究担当者

PARIASCA-TANAKA Juan ( 生産環境領域 )

WISSUWA Matthias ( 生産環境領域 )

石川 隆之 ( 生産環境領域 )

ほか
発表論文等

Pariasca Tanaka J, Nardi P, Wissuwa M. (2010) Nitrification inhibition activity, a novel trait in root exudates of rice. AoB PLANTS 2010: plq014

https://doi.org/10.1093/aobpla/plq014

日本語PDF

2010_seikajouhou_A4_ja_Part24.pdf46.93 KB

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